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 2年3月10日

『しろくま、ホッキョクグマの目は・・・夜でも見える』
 

(その四)

−シロクマの目は、獲物を捉えやすい。何だ、あの光は?幻覚

 シロクマなど肉食動物の多くは,目が顔の正面に並んでいる。それは距離感覚にすぐれ、獲物を見つけ、捕獲しやすくなっている。

中には、顔の3分の一もある大きな目を持ったフクロウなどは、夜でもよく見える。またカニの仲間には,目が体から飛び出し,両目が極端に離れてついており、周囲の360度を見ることもできる。

夜行性の生き物には、目の奥に特殊な網膜があって、暗闇でも獲物を捉えることができる。かれらの目は、反射して赤色やダイアモンドのように光る。

鹿など草食動物は,顔の両側に目がついている。そのため肉食動物のように距離感覚は持ち合わせていないが、いち早く危険が近づくことを察知できる。

  *

西側の空が明るくなった感じがする。                     "車の灯かりじゃない?゛と言うが、ブライアンは信用しない。車のエンジンの音が聞こえた気がする。窮地に追い込まれると、幻覚を生むというが,そうではなかった。こんな時間に、何故か車のライトがこちらに向かってくるではないか。まだ空は少しだけ明るさを残していた。

地球の時間が、動き出したようだ。それも機械音をたてながら。

ここはブライアンの私有地であるから、断りもなく入ってくることはずがない。いつもなら、ブライアンは、"お前ら,何者だ。誰の許可を貰って入ってきた。ここはオレの土地だぞ、"と声を荒らげて叫ぶだろう。ブライアンにとっては、彼の土地で事故が起これば、彼の管理責任となろう。

だが今は状況が違う。入り口は,少し高くなっているので、ドライバーは、まだ我々に気付いていない。
"ラッキー!そのままこちらに近づくのだ"と叫んだ。彼等に聞こえるはずもないが。
その時ばかりは、車のライトの光が、とてつもなく明るく見え、熱々のラーメンよりも、ずっと暖かく感じた。

"Good boy!, Goodboy!"と、まるで犬達に語りかける時と同じ言葉を叫んでいる。勿論そのかけ声は、"こっちへ来てくれ!"と祈りを込めた叫びである。

まだ小高い場所を車は走っている。彼らの視野に入っていないだろう。若い白人のカップルが、夜のドライブがてらに、シロクマがいるかもしれないと思ってきたようだ。こんなときに酔狂な。いやよくぞ見物に来てくれた。間もなくして車のライトが我々を照らした。我々以上に驚いたのは、運転して来たカップルだろう。懐中電灯もなく、手招きしている我々が車のライトの中に浮かび上がったのだから。車がゆっくりと近づいてきた。
                      *
"ブルブル、ブルルーン"と、ブースターで繋がれた緑のトラックのエンジンがうなりだした。エンジンがかかった。点灯したトラックのライトにシロクマが映った。ばかでかいシロクマであった。エンジンのかかったトラックの中にいればこそ,冷静に見られる。つい先程までは、シロクマは途轍もなく遠い世界の生き物に感じていた、人間も同じ地球の生き物なのに。。

”シロクマはかわいいな”と、恐怖で引きつっていたことも忘れて,のんきな言葉が口について出てきた。
途中でエンジンが止まってはいけないから、若いカップルの車に護衛してもらって町に向かう。

いつもは、笑い声とお喋りに包まれる車内も、しばし無言のままだった。
走るトラックの中で"ブライアン、やったね!"と映画の主人公になったような気分で握手する。
"Hisa, もうチャーチルは、嫌になったか?"と、ブライアンが気遣ってくれる。
"とんでもないよ。単なる観光客だったら、こんな経験はとても出来ないよ。明日は何が起こるかな?""そうかあ"、と太い声で満足そうに彼は頷いた。
"Hisa!コーヒーにしようか"
”もちろん"OKさ!"

不思議なことに、彼に対する信頼は微塵も崩れることはない。何ヶ月も一緒に過ごして、彼ほどの達人はいないと心底分かっていたからだ。いつも自然と対峙している彼から、退屈という言葉を探すことは難しい。

                  *
その夜9時過ぎ、なじみのレストラン・トレーダーズ・テーブルへ遅い夕食に行くことになる。

風のない冷え切った空に、薄く巨大な雲が出ていると思っていたら、突如として生き物のように波打ちだした。生きものは何処から来たのだろう。こんな風のない夜に。

色が濃くなり出した。その動きは次第に激しくなり、大きく,動きは早くなってくる。次の瞬間,その動きは、ゆっくりと風になびくようになっていった。

"オーロラだ!!”。肌を切り裂く寒空に巨大なオーロラが見えたのだ。

東に南に,そして真上に。3箇所も現れている。緑色、薄いピンク色へと色を変えて,空いっぱいに乱舞している。天空の神が怒っているようにも見えるが,今晩の私にとっては、祝福以外の何ものでもない。あのとき、故障したトラックのなかで8頭のシロクマにおびえていた数時間を思い出しながら,大自然の饗宴に酔いしれていた。

凍りついた真っ暗な道を一人で歩いていても、「孤独」という言葉は見あたらなかった。
(完)

 

 

                     

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