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写真撮影(その九) 2年1月31日 New !! 三時頃、赤いオーロラは色の濃さを失う、ゆっくりと夜空に吸い込まれるように消えていった。 "やったね!" その後もオーロラチェックは続くが,撮影に成功してほっとしたのか、うつらうつらしてきた。 あたりを見渡すと、Uさんが目をあけて立ち上がろうとしている。"ガバッ!"大きな体のYさんも立ち上がった。 "しまった!"ブライアンの忠告を思い出す。 "Hisa!撮影場所はな。シロクマがうようよしていて、とても危険だから、銃を持ったガイドを雇うんだよ"。 "今まで、完璧に行動してきたのに"。5年間もチャーチルへきて、ブライアンの教えを一度も無視したことはなかった。この時期、ガイドを雇うのは難しいと聞いていたし、予算的なこともあって、雇うことに迷いがあった。 湖側に突き出ている大きなガラス窓がある部屋へ三人は移動し、シロクマが来た時に備える。ここならクマの様子がよく見えるし,ガラス窓の外側には、"ハリネズミ"が敷いてある。手に、ベアー・ガスと、ホーンをしっかりと握り締める。足元には,昨日"ハリネズミ"を作るときに使った金槌もある。神頼みなのだろう、金槌も心頼りになる。 "もし、クマがベランダに上ってきたら、ホーンを鳴らそう。ドアーが破られたら、居間に移動してベア・ガスを吹きつけるのだ"。"静かに!クマに気づかれたらおしまいだ"。心臓が高鳴り,こめかみがぴくつく。 腹をすかしたシロクマが、食べ物ほしさに人間を襲うことがあってもここでは何ら不思議なことではない。ある日、大きなドラム缶を、後ろ足で立ち上がり、体重を両前足に掛けて押しつぶそうとしている光景にぶつかったことがある。”ドスン!ドスン!”と。上手く缶がつぶれないので、シロクマは怒ったように恐ろしいうなり声をあげて、飛びあげるようにして体重を全て前足に掛けていた。周りのことは気にせず、何百キロの力で缶を押しつぶそうとしていた。こんなシロクマが、我々の小屋へきて、力任せに、入り口のドアーを破ろうとしたなら、それはたやすいことだろう。ガラス窓などひとたまりもない。その時、冷静な気持ちを保つことが出来るのだろうか・・・・。 ”仕事が忙しくて、子供と一緒にいてあげる時間がないんだよ”と、Uさんは日本に残してきている幼子の話を目を細めて楽しそうに話していたのは今朝のことだ。Yさんだって、家族やガールフレンドが待っていることだろう。自分が撰んだ撮影場所だけに、”何とかしなければ”と焦りを感じる。以前ガイドが言っていた、”シロクマに出会ったら興奮させてはいけないよ。その時、途方もない力を出すから”と話を思いだす。”そうだ。出来るだけ静かにして、シロクマを興奮させないことだ”。 相変わらずシロクマは、やや頭を下げて身体全体を流線型にし、近づいてくる。その姿は、どんな悪天候でも風を巧みに避けて歩けるだろう。前足は、京都の舞妓さんがポックリで歩くように、内股歩きをしているのが分かる。足の裏には毛が生えているのできっと音は聞こえないだろう。聞こえないのは、ガラス窓越しで見ているから当然なのに、でも一心不乱にシロクマの動きを見ているとで、耳できこえなくても心には息づかいが十分に聞こえる”ハッ、ハッ”と。自分がシロクマと一緒に氷の上を歩いているように。 "ヒタ!ヒタ!・・ヒタ!ヒタ!"と、シロクマは小屋に近づいてくる。カメラを設置した場所から10メートルくらいだろうか、我々のところからは20メートル以内に迫っている。もう目の前だ。シロクマは,全速力だと時速80キロくらいで走ると言うから、もう逃げられない。近くには、三脚に設置された高価なカメラがある。カメラマンのYさんは気がきではないだろう。シロクマは、歩む速度を変えることなく近づいてくる。息ずかいが聞こえてきそうだ。三人の目は、暗闇を歩くシロクマの動きに釘付けなっている。 次の瞬間、シロクマは、ハリネズミが目に映ったのだろうか、それとも臭ったのだろうか、カメラの前を通り過ぎて、西へゆっくりと移動していった。数日前から準備したハリネズミが効いたのだろう。 * * 今日の未明、我々が赤いオーロラの撮影に成功したことが瞬く間に町中に知れ渡っていた。もし、赤いオーロラに出会わなかったり、出会ったとしても,寝過ごしていたりしたら、我々は、下を向いて日本へ帰らなければならなかっただろう。 次の夜も二日連続で、天空から降り注ぎそうなオーロラの乱舞が見られた。だが色はほとんど乳白色か淡い黄緑色であった。刻々と明るさを変え、南のオーロラが薄くなったかと思うと、次は真上で幅を広げて勢いずく。それはカーテンの裾のようでもあり、バラの花びらのようでもある。 * 凍てつく静寂の中、真っ赤なオーロラに遭遇し,吸い込まれるような神秘性に浸る。 オーロラは,太陽、宇宙からの手紙なのかも知れない。”おーい!耳をすませろ!大自然の言葉を聞くんだ。その鼓動を。おまえも、大宇宙のいのちの一つだよ!忘れるな!”と。 その夜からは、シロクマ対策のために銃を携えた2人の先住民クリー族の青年達に、ガードをお願いした。彼等と一緒することで、夜中でも撮影中の私達の気持ちは暖かくなった。(完) |
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(C)1997-2006,Hisa.