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第十二話 (みんな、みんなシロクマと極北の自然に魅せられた人ばかりだ。) 大きなテーブルの上にはガラスの中に入ったローソクが二つ灯っているだけだが、夜10時頃には、飲み終えたビールの空き瓶やワイングラスで埋められていく。 意外に女性が多いのも特色だ。 笑顔こそ最高の社交術と言わんばかりに、いつも明るい笑い声で16年間もドイツから通い続けているプロのカメラマン。 英国のテレビ番組をつくりに来たBBCのカメラマン。 こちらがうなずくといつまでもフランス語で喋り続けるフランス放送局のカメラマン、意味が分からないが、笑顔でうなずく。黙々と食事するオーストラリアからカリブーを撃ちにきた髭だらけのハンター。 家族を1200キロも離れたウイニペッグにおいて、単身Northern Study センターで、極北の研究をしている科学者。長野県にギャラリーを持っていたというメルヘンチックなシロクマを描くアメリカの女性画家。 みんな、極北の長い夜を楽しんでいる。 隣の駅トンプソンから汽車で来ると16時間かかる。 そんな長旅をしてくる汽車の運転士もいる。彼は巨体に、次から次へとビールを流し込みながら、一羽分もありそうな大きなチキンを食べている。"今晩は、Hisaです"と握手する。 ”今日は、1時間半以上汽車の到着が、遅れましたね"と自己紹介のあとで聞くと、髭についたビールの泡を紙ナプキンで拭きながら言う。 "2時間くらい遅れはあたりまえ、夏だったら4―5時間遅れることもあるよ"と、謎めいたことを言う。 とにかくここでは、驚きも2倍、喜びも2倍することにしている。 不思議な話に"運転手さん、どうして?冬の方が雪で遅れるのと違いますか?不思議すぎるよ。教えて下さいよ"。 "なに?おまえの国では、汽車は冬に、遅れるのか?"と不思議な顔をする。 "冬は、線路を轢いてある地盤が凍るから、安定していて運転は楽なものさ。夏はいかんよ。氷が溶けて、地盤が緩んでしまうじゃないか。場所によっては、線路が浮いてしまうよ。運転は、ゆっくりでないと危ないよ"。 所変われば、汽車の運転の仕方も違う、試験に出たら点数取れそうもない。 "汽車を運転していて、何か記憶に残る話はありませんか?"と極北の先生にあったような気持ちで聞く。 "たくさんあるよ。そーだなー・・。2−3年前だけど、秋深く、もう線路は凍りついて真っ白になっていたな。もう少しでチャーチルまで来た時だったな。時速、10キロ位で汽車を運転していたら、前方に親子のシロクマが、線路の上を歩いているのを見つけたんだ。汽笛を鳴らしたが、だめなんだな"と話し続ける。 "普通は、驚いて逃げていくのじゃない。"と驚くが、お前、そんなこと知らないのかと言った顔をして運転手は、話し続ける。 "何にも知らないんだな。いいか、シロクマは、何でも興味を持つんだよ。納得するまで、さわったり、おしたり、叩いたり、噛みついたするんだ。だから人間にとっては危険なんだ"と極北での手ほどきをしてくれる。 "それでどうしたの?"と驚きを2倍顔に表して聞く、もちろん笑顔一杯にして。 "そのうちに、シロクマの親子は、機関車の前から客車の方へ行ったんだ。機関車の窓から覗くと、乗客が大喜びさ。カメラのフラッシュをたいてるのさ。こちらもサービスで汽車を止めてるのではなく、しょうがないから止まって見ていたんだ。 "そんなときどうするの?"と聞くと、"シロクマたちが汽車に興味をなくすまで待っているだけさ"。 なんと雄大な話だろう。 ここへ来たイギリスや米国から、シロクマ観光シーズンだけガイドをしている若者たちも、すっかり極北の大自然に魅せられてしまい、1日も長くチャーチルに滞在を願う、昼間、タンドラ・バギーカーの観光ツアーで知り合った米国から来たジャンボジェットの機長夫妻。 機長の奥さんは、"明日はきっと天気が悪いから、チャーチルへ飛行機が来ないよねえ"と問いかけてくる。飛行機が飛んでこなければ、仕事に戻らなくてもいいと祈っているのだ。 ”そんなこと言ったって……。” 地元の人たちも、ここではすることもない長い夜の飲み仲間である。 "子クマを失った母クマ"の悲しい話を、涙を浮かべながらしてくれた地元の若いガイド。顔中髭で、口がよく見えない地元の無口なトラッパー(罠猟師)。 夜遅くなると酔っぱらっているコック。ビール1本ですっかり舌が回らなくなり、いつも”Hisa”と言えなくなり、”Isa!”となってしまうタグボートの船長。 みんな、みんな、シロクマに魅せられた人たちだ。こちらに来てから、自分が驚くほど聞き上手になっていた。
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(C)1997-2006,Hisa.