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宿の家族

−極北は、空っぽ。その中で生きるには−

今日の朝食は、フレンチトースト2枚、目玉焼き2個、炒めたジャガイモ、そして大好きな3枚のベーコンだ。テーブルの上にはメープルシロップ、バター、ジャム……そのまわりには、昨夜のうちに宿の子供たちが並べたランチョンマット、ナイフ、フォーク、スプーン、そしてお皿がキチンと並んでいる。子供のしつけのよさにいつも感心する。

"Hisa! 昨日はいい写真撮れた?" いつもの朝のお喋りがはじまる。

  *

"自然を甘く見てはいけないわよ。ここはEmptyなの、わかる?"と顔を覗き込んでくる。自分は、地球の端っこにあるチャーチルへ来ているつもりだが、アンにとっては、地球の端、アジアの隅っこから来た旅人として私を心配してくれる。

" 町から一歩出ると、何もないということよ。人間が自然と闘うなんて簡単にいうけどさ、それはまちがい。ここではいつも、死と背中合わせよ"と極北に生きる自分たちの生活の話をしてくれる。

"私たちは、極北という自然の中に、埋もれるように生きているの。そしてね。厳しい自然から身を守るためには、自然といい友だちでなくてはならないのよ。それも尊敬の気持ちを忘れずにね。それが自然の中で生きるための掟よ。

死は人生の一部であることを認めるけど。軽率な行動で、死を選ぶようなことがあったら違反よ"と熱っ ぽく話す。

"一〇月も終わりになると、温度も急に下がるのよ。11月になったら、マイナス25度くらいになってしまうのよ。マイナス50度近くなった記録もあるの"と、厳しい代自然の力を教えてくれる。

地図を見ても、町から見渡しても、町の外には気の遠くなるようなツンドラが続くだけだ。まさにEmpty(からっぽ)の世界だ。

昨夜、宿から南へ歩いて2分もかからない家の裏手にシロクマが出現し、一時は警察
や野生生物保護局の人が銃を持って警戒していた。天気のいい日は、野生生物保護局や観光会社のヘリコプターが町の上空から、シロクマがいないかを警戒して回る。

し かし、夜は、ヘリコプターでの警戒ができなくなり、危険になる。夜、1人で歩いていると、暗闇からシロクマが出てくるのではないかと、時々背筋が寒くなるのを感じる。

"私たちは車で町の外へ出かける時、どんなことがあっても車を降りる前に3回クラクションを鳴らすの。シロクマに人間がいるのよと伝えるのよ。クラクションは3回よ。それから銃は必ず持っていくわ"とアンはここでの掟を教えてくれる。

月面探検車のようで巨大なタンドラ・バギーでは、シロクマが見えればどんなに距離があっても、ガイドは観光客を地上に降ろすことはない。シロクマが見えなくて見渡しが良いところでも車から降りる時に、ガイドは銃を離さない。

横からアンのご主人 で、観光ガイドでもあるレイモンドが、"レンタカーで写真を撮りに行くときは、必 ず行き先を教えてくれ。もし、2か所以上に行くときは、2か所目に行く前に戻ってきて連絡してくれ。そうすれば、行方不明になっても行き場所が解るから。

故障や事故 で動けなくなって、夜7時頃までに帰ってこなかったら、ぼくが迎えに行くから。その時も、車から外へ出るときはクラクションを3回鳴らすのだよ。そうしないと、Hisa、Emptyの中に消えてしまうよ"と、極北の地での心得を、諭すように話す。

ここでは、単に無駄を省くなど、単純な発想だけでは生きていけない。無駄を省くときでも注意深く自然という途轍もない力に敬意を持ち、時には怖れを感じ続けることなくては、空っぽの世界へ放り込まれ、消え去ってしまう。ここの自然は、危険だからと言う。

ここにも、極北の優しい先生がいる。

 

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(C)1997-2006,Hisa.