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チャーチルの夏、そこは命が輝くところ 極北では、尺度が違う (その九)ベルーガ、シロクジラ、シロイルカB〜歌声 なんだかベルーガの群れが多くなってきて、"プッシュー、プッシュー”の潮を吹く音と時折見せる白い背中があたりを埋める。川の中程までカヌーを漕いでくると、そこは彼らの世界の真ん中だ。 すでにいつベルーガと衝突してもおかしくない。ベルーガも、我々が静かに漕ぐカヌーにすっかりなれたように見える。 こちらもなるべく静かに、そして規則正しく漕いで、ベルーガを安心させよう。 手が届くくらいの近さまで、ベルーガ(シロクジラ)が近づいてきた時には、薄暗いということもあって、恐怖が先に立った。 カヌーより大きいベルーガに襲われたら、ひとたまりもない。カヌーから放り出されたら、ハドソン湾まで流されるだろう。永久凍土が溶けて流れる川は、手が切れるような冷たさだ。 今は、ただ大自然の懐にいだかれたまま、身を任せるほかない。 その時だ、"Hisa!聞いたか?"とレイモンが今度は小さな声で言う。あたりを見渡すが何も聞こえない。レイモンは興奮して、フランス語で騒いでいる。 ”レイモン!英語で言ってくれ"とフランス語の方が得意の彼に頼む。 ”聞こえるだろう、カナリヤが鳴くような声が”と彼は指さす。 クジラの仲間は、水中で何百キロ先まで、鳴き声で連絡をし合っているという。 人間の作った潜水艦のソナーも彼らから学んだのに違いなし。人類の歴史など、彼らと比べれば、ほんの少しだから。 そしてその音も10種類くらいあると言われている。慣れない者にとってはとてもそんなに聞き分けることはできない。 空はゆっくりと赤く染まっていく、夕日が沈もうとしているのだ。その間、あちらこちらで、ベルーガの歌声がする。その声を聞いていると、乗っているカヌーが益々もって小さく感じる。神の心がほんの少しだけ変わったら、われわれのカヌーはハドソン湾にそそぎ込む川に消えてしまうだろう。 "Hisa!カヌーの底に手を当ててみろ" 底に触れてみると、べルーガが声を出すたびに、振動が伝わってくる。そのうちにその声は、大きくなって聞こえてくる。二人の話し声も、カヌーのパドルを漕ぐ音もかき消されてしまう。 ”キュルッ、キュルッ”、”クチュ、クチュ”。 カヌーの底に響く音は、ベルーガがドアーノックをしているようだ。違うと言えば、色々な音を出していることだ。 カヌーがスピーカー・ボックスの役割を果たして、ステレオ装置となっている。その歌声は、空気の代わりに水を振動させて音を出しているのだ。オーディオ・メーカーに勤めている友人に教えたい。”水を使ったスピーカーもはどうかな”と。 "レイモン!ベルーガが僕たちに、話しかけてきているよ。何と言っているのかな"。 "Hisa!俺、こんな体験は、初めてだよ" カナダ公園局に勤めている彼が初めてとは驚きだ。最初からこんな幸運に恵まれてラッキーというほかない。 町の人が、”Hisa。おまえはラッキー・ボーイだよな。行く所にはいつも何かいいことが起こるから”と言われるが、これは遠来の旅人への慰めだけではなさそうだ。 鳴き声は、カナリヤのようだと聞いていたが、今聞いている音はマイクで集めた音ではない。まさか聞けるとは思っていなかったが水の中でベルーガがカナリヤのように鳴くと、その声はカヌーを通して二人の体全体を包む。 ベルーガは、クジラ・イルカの仲間の中で高度な音による測定システムを持っているという.鳴き声は噂どおりカナリヤのようだ。 この鳴き声も、マイクの集めた音ではなく、自然の真っ只中で、そのまま聞いている。水の中でベルーガがカナリヤのように歌う。噂どうりカナリヤの声だ。 ベルーガは、クジラの仲間のなかで、高度な音による測定システムを持っているという。カヌーがスピーカー・ボックスとなって、耳をすまさなくとも、はっきりと聞こえてくる。
こんな夕暮れに、一人でカヌーをこぎ出す勇気は、とても持ち合わせていない。土地に詳しい人と一緒でなければ、とてもここまでこれない。"レイモン。カヌー漕ぎに誘ってくれてありがとう"。 夏とは言え、極北の夕暮れの寒さが身にしみるのか、それとも大自然が語りかける興奮なのか、体がふるえる。 二人はいつのまにか、満足のため大きく息をついている。こんな壮大なコンサート会場に招かれるとは、まるで夢だ。 小説家(山本有三)の言葉とこの光景が重なる。”Hisa!事実を語ると言うことは誰でもできるんだ。が、真実を伝えることを押し通すことは誰でもできないぞ。頑張るんだよ”と言われているようだ。 どこまでできるかわからない。でもこれはノンフィクションだ。がんばろう。 (次は、ベルーガとのダンスの話をしよう) (3)まっしぐら
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(C)1997-2006,Hisa.