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シロクマの母子を、雄グマが襲う(11月2000年)―その二

地球温暖化のためなのか、暖冬は、この時期まだハドソン湾を結氷させていない。そのためクマたちは,まだアザラシにありつけない。腹をすかしたクマたちは必死なの だ。母グマにしても、子グマに十分乳を与えたい。そのため危険な雄グマのいるあたりまで迷い込んでしまったのだろう。

自然界では、生きることの美しさと過酷さはワンセットである。だから野生動物の世界でも、どんなことがあっても人間が介入してはいけない。人間が介入しなければ、 微妙な自然界のバランスが保たれる。そんなことはわかっている。この世には、福の神と厄病神だってワンセットだ。

"Hisa、怖いか?"とブライアンが低い声で聞く。

彼は、手には銃、しかし母子グマから視線をそらさない。

"怖いよ!"と言うしかない。

私の手には、銃の弾が握りしめられ、いつでもブライアンに渡せるようにしている。今、目の前で起こっていることは、テレビ番組でブラウン管を通して見るとは大違いだ。・・・・口の中が乾く・ ・。

"Hisa!雄グマが子グマをくわえたら、終わりだよ。腹をすかしているから、クマはすぐ子グマを食べてしまうよ。母グマは、もうどうすることもできない。自分が生き残るために、子グマを見捨てて逃げるしかないのだ。俺だって怖いよ"。

あっという間に、母子グマの前には、三頭の大きな雄グマ、そして我々との間にもう1頭の雄グマが駆け寄り挟み撃ちになってしまった。母グマは、頭を下げて懸命に威嚇する、しかし威嚇のために雄グマたち向かえば、子 グマと離れてしまう。それは雄グマにとっては、食べるために子グマを襲うチャンスになる。

"ブライアン!見てくれ!ウエインが助けに来たぞ!"。

"やったぞ"いつも写真仲間でもある地元のウエインも銃を撃ちだした。クマ撃退用のゴム弾を撃ちだした。音がクラッカー弾と違って"パーン"と乾いた金属音がする。ウエインが雄グマを銃 でけん制するが、子連れの母グマは逃げられない。逃げようとするが子グマがすぐにへたり込んでしまう。

かれはチャーチルの住人だから、自然の厳しさに慣れているはずなのに、気持ちを押さえられないのだろう。

親子グマは、たちまち四頭の雄グマに囲まれてしまった。子グマが殺される。その時,ウエインは、なんとトラックから降りて凍り付 いたツンドラの上を駆け出し、ポンプショットガンを"パーン、パーン"と撃ちながら母子グマを助けようと始めた。

これは、突撃だ。ポンプショットガンは、セミオートマチック・ショットガンと違って、弾を撃った後、自動的には薬莢は出ないが、ポンプのようにしてレバー(取っ手)を動かして弾の詰め替えをするので、弾が詰まるこ とや、寒さで動かなくなることはない。どんどんとクマに近づいて銃を撃ちまくる。

ブライアンもクラッカー弾を雄グマに向かって"バン、バン"と撃つ。・・・・・弾が無くなったらどうなるだろう。

"カブ、ママ逃げるのだ!!"ウエインの撃つゴム弾は、厚い毛皮で覆われたシロクマには殺傷力はないが、あたれ ば十分に痛いはず。

母グマは、懸命に子グマを急がす。鼻で子グマの尻を押したり、先に歩いて振り返ったりする。"坊や!お母さんの言うこと聞きなさい。がんばるのよ。さあ、体を押し てあげるから。いい子でしょ。お願いだから、お母さんもがんばるから"とその光景は、まるで母子グマが喋っているのが聞こえるようだ。

ウエインの打ったゴム弾の何発かは、雄グマに当たったのだろう。ゆっくりながら母子グマと雄グマ達の距離が広がる。何度も立ち止まって動こうとしなかった子グマも北側に横たわっているハドソ ン湾に向かって歩き出す。やがて母子グマは、やや小高い場所を越え、消えて見えなくなる。

それでも我々は、心配のあまり雄グマ達との間にトラックを進めて、母子グマが追跡されないように、様子を見ることにした。新たな雄グマに、出会わないこと を祈るだけだ。

もうこれ以上のことはできない。気がつくと、頭が痛くなるほど、歯を食いしばりすぎたのか、頭がずきずきしている。ほっとした時"Hisa!コーヒータイムだ"、ブライアンのいつもの明るい声が飛ぶ 。

大自然のドラマは、別世界だ。今ごろまだ紅葉の日本が果てしなく遠くになった気がする。 (完)

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(C)1997-2006,Hisa.