チャーチルの夏、命輝くところ

 

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チャーチルの夏、そこは命が輝くところ
 こうしてチャーチルでオオカミに出会った
(13)

(十三)オオカミの復讐

 

米国の仕事を終えて、合間が10日ほどできた。日本へ帰るべきか、そのまま残るべきか迷っていた。家族から、”チャーチルへ行ったら。神様が行きなさいと言っているのよ”とぽんと背中を押してくれた。夏休みでもあり、家族サービスもしなくてはという思いもあったが、チャーチル行きを決めた。

”もしもし、ブライアン?”と電話をする。”元気かい?”

”おーHisa!か。元気でもあるし元気でもない”と低い声でいう。いつもの明るいブライアンの声はない。”なにかあったのか?”

”子供を産んだばかりの母犬一頭と1歳半の犬が殺されたんだよ。さらに二頭が大怪我をした。やったのはオオカミにだよ” 。シロクマが殺したのではないのかと聞くが、その質問は一蹴されてしまう。

”えっ!!それはひどい”と、それしか慰めの言葉もない。ブライアンにとっては家族を失ったも同然だ。

”わぁ。ツンドラの家族の復讐だ!!”と思わず身震いをする。ハンターの家につり下げられていたオオカミが目に浮かぶ。ブライアンと犬たちの元へ駆けつけなくては。

空は真っ青な夏空なのに、いつもとは違う旅となった。小さなプロペラ機が重そうに飛んでいる。到着すると空港のターミナルでは、ブライアンが何事もなかったかのように、ニッコリと笑いながら肩を抱き合って迎えてくれた。胸あても着いた長靴、頭には皮製のバンダナを巻いている。このバンダナは、犬の首輪を作るときに使うものと同じ素材だ。

話を聞けば、犬の被害は更に拡大し全部で9頭の犬がオオカミに殺されていた。ブライアンは二頭のオオカミを殺したが、村人はまだ見たと言う。

”ブライアン!!どこの場所の犬が殺されたのだ?"。 なにも起こらないはずの夏のチャーチルだったのに。

”Hisa! RXのところに飼っている犬だよ”

RXとは、1931年までに、鉄道がウイニペッグからチャーチルまで敷設されたとき、補助線路としてもう一本が敷かれた。本線とクロスしていたのでそこをクロッシング・ロード(RX)を略して呼んでいる。町の東外れも、2キロメートル先、今では廃線となっている。

ちなみに、線路が開通した後、その廃線になった線路が日本へ輸出され、日本の近代化に役立ったと言われている。1930年代末の話だ、いつかもっと詳しく調べてみよう。

”それで夜10時から朝4時までは、Hisaが知っているクリー(先住民族の一部族)の青年がトラックで見張り、おれはその後8時頃までを見張っているのだ。Hisa!明朝、4時からオオカミ退治に行くけど、お前はどうする?”

”もちろんだよ”。長旅の疲れなど言っていられない。旅行かばんの荷解きもほどほどに、ベットに潜り込んで明日に備える。

 

極北の夏は全てが早い。8月半ば、あたりの花は秋色に変化する。15日になるとハクガンの狩猟解禁日となる。ついこの前ハドソン湾の氷が解けたと言うのに・・・チャーチルの夏は一瞬でしかない。

8月13日
 朝3時45分、起床する。コーヒーと朝飯用のリンゴとバナナ、毛糸の帽子にカムフラージュウ用雨合羽を羽織る。

7月より朝が遅い。まだあたりは暗いのに、先住民の青年が迎えに来た。彼は、それまでパトロールをしていて、これからブライアンと交代する。

シロクマの季節と銃が違う。望遠鏡つきの狙撃手用のライフル銃がトラックにある。殺傷力のある弾丸25発入りが箱ごと置いてある。銃や弾丸には慣れていたが、大きな動物を一発で殺せる弾丸が目の前にあると緊張する。

"Hisa! オレは150メートル離れたマッチ箱のマークの真ん中を撃つことができる”とブライアンは銃の腕前を話す。生き物を殺しに行くと思うと、次第に興奮してくる。

トラックの中では会話はほとんどない。ただ暗闇に光る物を探す。オオカミの目を。

窓を閉めたままオオカミを探すとよく見えない。運転をしているブライアンが車内の窓を開ける。助手席のほうも空けると、あっという間に冷えてくる。外は薄氷が張っている。帽子、手袋はしているが、ものすごく寒い。時々、窓を閉めて暖房を効かす。

日本では夏祭りの最盛期だと言うのに。。汗をかきかきうちわが揺れる盆踊りの風情が、とてつもなく遠くに感じる。

”ブライアン!犬がオオカミに殺されたと言う話は今まで聞いたことがなかったけど?”と聞く。

”初めてではないが、しばらくはなかった。それにこの時期だと鳥もたくさんいるし、食べるものには困らないはずだからなぁ。地球温暖化と関係あるかな”と、いつも笑顔を絶やさないブライアンが、今はこわばった目つきになっている。

”オオカミは、犬を食べたのか?”

”いや。殺しただけなんだ。死んだ犬の写真を撮るかい?”

”いいや”と首を左右に振る。オオカミは、死んだものや弱い動物を食べる地球の掃除屋さんだという。これはどうしたことなのだろう。まるでオオカミによる殺戮ゲームではないか。

オオカミを探し求めているうちに頭が醒めてきた。彼への手助けになると言うほど、自惚れていないつもりだが、目を凝らしているだけでも、役に立てているような気がする。

”頑張ろう!”

ゆっくりと東の空が白みだした。RXからは西に位置する家並みが、遠くに肩を寄せ合うようにして見える。ゆっくりと朝陽が家々を照らしだした。ハクガンやカナダガンの姿が見えることを除けば何もない。あとはどこまでも永久凍土が横たわっている。

 

”Hisa! 子犬たちを見に行こう”

RXに飼っている犬は、妊娠中の犬か子育て中の犬だけである。親子共々で20頭はいるだろう。生まれたての子犬は頑丈な箱の中で飼う。 もちろんブライアンが作ったものだ。箱の中は二つに分かれていて、奥の方は子犬にとって安全だ。入り口は小さく、シロクマなどは進入できない

箱のふたを開けて、母親が殺された二頭の子犬を取り出して見せる。”この小犬たちは生まれてまだ2週間くらいだ。母犬はHisaが良く遊んでいた茶色のやつだよ”と子犬たちにほほを寄せながら話す。

”子犬の頃いつもよく下痢をしていた犬かい?”

”Hisa!そうだよ。あの頃は弱かった犬だったよ”。その母犬は数日前、オオカミに殺されたばかりだった。

”やっと母親になれたのに。ほんのわずかな間だけだったよ”とすまなそうに言う。

幸いなことに、他に出産したばかりの犬がいて、それが母親代わりになっている。

と言っても2頭の子犬は、まだ目が見えない。目が見えたとしても、二度と生みの親に会うことは出来ない。この子たちのために母親はオオカミと戦って命を落とした。

親を探しているのか、子犬たちは”クン、クン"と鼻をブライアンの顔に寄せてくる。

ブライアンが話を止めると、そこには遠くで子連れのガンの声が聞こえてくる。そこに感じる永久凍土は、やたらに広く無味乾燥に映る。

その後もオオカミ狩りは続いた。一度は、数百メートル先に大きなオオカミを発見したが、遠すぎて銃を発射できなかった。時には、2台のトラックで待ち伏せをしてみた。しかし見つからない。極北の大地は、我々二人にはあまりにも大きすぎる。

”ブライアン!ワナを仕掛けたらどうなんだ"と思いつくことをなんでも投げかける。

”それは出来ない。シロクマを警戒するために夏でも2−3頭の犬を放している。ワナはオオカミに有効だとしても、その犬たちにとっては危険すぎる。アメリカだけではないと思うが毒を肉に混ぜてオオカミ退治に使われたことがあるんだ。

それはあまりにも人間中心の話だったんだぞ。毒入り餌は、それで死んだオオカミの何百倍、何千倍もの生き物を殺してしまったんだ。そのせいで絶滅した生き物をいたかもしれないんだよ”。と人間が自分たちの尺度だけでする行動を悲しそうに話す。毒入り餌を食べたワタリからす、キツネ、イタチ、クズリ、クマ、鳥たちもだ。それはまる野生動物全てを支配するかのようだっただろう。

ブライアンが子供の頃、母親からの教えられていたことを思い出す。”狩をするときには、じぶんが食べる必要な量だけ狩るのだよ。余分に狩ると食べ物がなくなったとき獲物がなくなってしまうから"だった。とても単純な教えだが、ブライアンはそれを守るだろう。

私に今出来ることは、母親を見ることがない2頭の子犬たちと遊んでやれることくらいしかない。

非現実と現実がゴチャ混ぜになるような毎日だった。

オオカミ”ツンドラ”との体験はほんのすこしでしかない。それも自分の尺度だけで考えたことばかりだろう。本当は、知らないことのほうがずっと多い。

人間は、この地球に誕生したころは、狩猟採集だけに頼っていた。だから鹿やウサギなど草食動物のように草木の息ずかい、花や実の誕生の産声まで聞き分けていた。オオカミやシロクマたちの狩りに仕方を見入って、学んでいた。時には動物たちと同じ鳴き声でもってコミュニケーションもしていただろう。

地球と人間との関わりを切り離してしまうほど、人間は科学を発展させることが出来た。そのため人間は野生の理解度を失ってしまった。

野生動物の写真を撮ることでも、あくまでも観察者にすぎない。自分の目で見える範囲でしか過ぎない、それも既成概念で塗り固められた目で。

ツンドラと私、ブライアンの犬たちとオオカミなど、同じようなことがどこかでも起こっているかもしれない。起こっても不思議ではない。だが小さな事実であるだけで、普遍的であるわけではないだろう。

ほんのわずかな期間のことではあったが、ツンドラと時空間を共有することが出来た。それは図書館での世界ではなく、自分の計画にもなかった。それは自分と極北に住むオオカミとの固有な世界に過ぎないだろう。

まだまだ神秘的な世界はあるだろう。カメラマンとして地味と言われてもなんでもいい、地球の不思議を大切にする表現者であり続けよう。

鳥たちが去った後は、オオカミはブライアンお犬を食べるのを目的として殺した。

その後、ブライアンは3頭のオオカミを射殺したが、10月末までに20頭の犬が殺された。そして、クリスマス(2003年)までには30頭以上になったと言う。30頭以上とは、世界中の純血カナディアンエスキモー犬の10%近くに当たる。

ブライアンは、極北の達人だからきっとこの難局を彼らしいやり方で乗り越えるに違いない。しかし、子育てを終えたガンたちはもう南に飛び去った。鳥たちは、春まで戻ってこない。それまでの間、オオカミの飢えは続く。ブライアントと犬たちにとっても、きびしく長いオオカミとの戦いの冬が続くのだろう。

チャーチルには、ブライアンの犬がいるだけではない。ほかでも犠牲は出るだろう。これは地球では普通のことだろうか、それとも特殊なことだろうか・・・不思議だ。

 

 

こうしてオオカミに出会ったは紀行文は、(完)?それとも(未完)にしようか、あるいは(神秘)と書こうか...。。。誰かに教えて貰おう。

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予告

『極北の神秘』

 ホワイトアウト

『チャーチルの秋、そこは命が入れ替わる

(その二)シロクマが出た!!銃がなくては                     (その三)秋の散歩〜白鳥

 

『しろくま、ホッキョクグマとエスキモー犬』


 (その二)極北での犬のブリ-ダー                                (その三)待て、シロクマを撃つな !!

 

『しろくま、ホッキョクグマが歩く町、チャーチルの人達』

(その九) 欧州人の到来とクリー・インディアン 

 

 

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体感気温、氷点下100℃、それでもワタリガラスは

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