チャーチルの夏、命輝くところ
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チャーチルの夏、そこは命が輝くところ
 こうしてチャーチルでオオカミに出会った
(12)

(その十二)"絶対、ツンドラは死んでない!!"

ツンドラを見かけなくなって何日かが過ぎた。その後も、ツンドラ探しに行ってみたが、あの泳いだ日を最後に消息は途絶えた。まるで、シャボン玉がはじけたように”ツンドラ”は忽然と消えた。

今日も、空に雲一つなく日差しは強い。温度も13℃くらいだろうか、少し蚊が飛んでいる。15℃以上になるともっと蚊は増えてうるさくなる。極北の蚊は、数も大きさも半端ではない。肌に止まるとその重さですぐ分かる。蚊よけネットを被らないとうるさい。その点、日本の蚊は、腹一杯に血を吸った後でようやくいたのかと分かる。刺しても気づかない日本の蚊のほうが、分からない様に血を吸うので技術ではプロフェッショナルだ。

夜になると冷え込みは2〜3℃まで下がるので、暖房が必要になる。チャーチルは真夏なのに手袋をして夕食に行く。こんな時には地球の大きさに驚く。

”Hisa!Hisa!”と宿の主人のレイモンが大声で呼ぶ。ケベコワ(ケベック州出身)のレイモンは、フランス語のほうが得意だ。興奮するとフランス語になる。何を叫んでいるが分からない。それにレイモンは、たいしたことがなくても大げさにしゃべる。それを承知で、こちらもおどけて見せる。

”Hisa!すぐ来い”と玄関口で大声を上げている。大きな運動靴を突っかけるように足を突っ込んで玄関口で待っている。私はゴム長靴を履いて、外に出る。チャーチルの夏は永久凍土が溶けだすので外ではゴム長靴は欠かせない。レイモンは太目の体を丸くして隣の家先へ走っていく。5メートルとは離れていない隣家の南側にある庭へ急ぐ。

柳の仲間だろう、背の低いブッシュが続く。そこより先は何十キロも何もない気の遠くなるほどの永久凍土が、地平線までつらなる。今の季節ではスッカリ緑色になっている。

"やかましいな!いつものレイモンが始まった"と、しぶしぶ庭に出る。

隣家の裏庭から、しきりに手招きをしている。”Hisa!あれツンドラではないか・”とレイモンが指差す。レイモンが指差す先には、軒先に3メートル近くありそうなオオカミの毛皮が吊り下げられている。

"あっ!!ばかな!"と思わず唾を飲み込んでしまう。

隣人は、先住民のハンターで、シロクマやオオカミの毛皮を狩猟して暮らしている。そこに毛皮がつるしてあっても不思議なことではない。

レイモンが、指差す先には、軒先に3メートル近くありそうなオオカミの毛皮が吊り下げられている。

”Hisa!お前が写真を撮っていたオオカミではないか?”

つるしてある毛皮が、あまりにもツンドラににている。唖然として立ち尽くすしかない。夢であって欲しい。

”うそだ!!!、私は寝ぼけているのだ!”と一言もなく家に戻る。しばらくして、隣のの軒先をまた見に行く。

”夢だ。、嘘であってほしい。私が見たツンドラのいた場所は、遠くて誰も知るはずがない”。だがオオカミの顔を良く見ると、あまりにもツンドラに似ている。冬毛が抜け変わって、傷跡のような模様が顔にある。それでも”絶対、夢だ!”と言い続ける。

翌朝、もう一度確かめに行く。宿へカメラを取りに戻る。そんなことしてどうする気だと後ろめたさを感じながらも、何枚かの写真を撮る。

見れば見るほど、あの時のオオカミに似ている。"そうだ。私はこのオオカミのことは、知らないのだ。知っていると言うこと自体がおこがましい話だ。これは違うオオカミだ!!"とつぶやきながら、何度も見直す。胸にはつかえるような気持ちが抑えられない。もしこれがあのときのオオカミ、ツンドラなら...。家族や仲間の絆の強いといわれるほかのオオカミはどうしているのだろう。

いつしかシートンの動物誌にでてきた、"ロボ〜カランボー高原のオオカミ"の話を思い出す。それは米国の西南部、牛や羊の牧場地帯で荒らしまわっていたロボと呼ばれていたオスオオカミとその家族の話だ。ロボには、真っ白なブランカという奥さんオオカミがいた。ロボが率いる群れは、羊や牛など家畜を殺すので、牧場主たちにとっては恨みの種であった。ロボを殺すために、鉄の罠も毒薬も使ってみたし賞金もかけた。が、賢いロボには通じなかった。
ある日、ブランカが罠にかかり、力いっぱい仲間を集める叫び声を上げ、その声は谷間に響き渡る。ロボが力強く吠えて応えたが、ブランカは、やがて殺されてしまった。いつまでもブランカを呼び続けたが、賢いロボは人間は銃を持っているので近づかなかった。しかし、ロボは、ブランカを探すのをやめない。
しかし、注意深かったはずのロボも、毎晩のように、ブランカに会いたさあまり探し回っていたためか、とうとう罠につかまってしまった。しかしロボは、死ぬまでほかの仲間を呼ぶことはしなかった。それは、呼べば自分の仲間が殺されるのを知っていたからだ。牧場の人たちは、賢く、勇気あるオオカミのロボを、死んだブランカの脇に横たえた。

オオカミは一度夫婦になると一生を共にすごす。私が見た”ツンドラ"はオスだが、殺されているならその奥さんオオカミは、いつまでも”ツンドラ”を捜し求めるだろう。そしてどんな形で、悲しみをはらすのだろうか・・・。複雑な気持ちが、気を滅入らせる。

オオカミの家族愛の話は、これだけではない。それは博物学者(フィリップ・ゴス)の話だ。氷ついた湖を群れのオオカミが移動していた。ハンターが追いかけると、その群れは一頭のオオカミを囲んで移動をしていたのです。ハンターが近づくと、一、二頭、また二頭と群れから離れて逃げていきました。ついに体の悪そうなオオカミを囲んでいたのは二頭だけになりました。ハンターが銃を撃つと、とうとう最後のオオカミたちも離れて逃げていきました。置き去りにされたのは年老いたオオカミでした。もう目も見えず、歯も磨り減っていたそうです。歩くのも難しい年老いたオオカミを群れが守っていたのでした。オオカミは、夫婦愛が強いだけではありません。年老いて狩の出来ないオオカミをも大切にしていたのです。

それがオオカミなのです。

友人の言葉を思い出す。”ロマンだけでは人生ではないんだよ。悲劇があるからロマンが引き立つのだ"という。今の私の心は、それを受け入れられるほど大きくない。今は、ツンドラのことだけで私の心はいっぱいで、もう何も入らない。だからそのような理性的な考え方に耳も貸したくもない。

   *

次の日もそして次の日も、ツンドラと出会った場所に行ってみた。そこには真っ白なデイジーの花が一面に咲いていた。だが、、二度とツンドラは姿を見せることはなかった。

オオカミの話は、これで終わったわけではなかった。

日本に帰って一ヶ月したある日、ブライアンから電話があった。彼は”元気でもあるし、元気でもないな”と、電話口でつぶやいた。 "何かあったのか?” ・・・。 

(つづく)

(次回は、オオカミの復讐〜1月10日ころ掲載予定)

 

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予告

『チャーチルの夏、そこは命が輝くところ
 こうしてチャーチルでオオカミに出会った』

 

『チャーチルの秋、そこは命が入れ替わる

(その二)シロクマが出た!!銃がなくては                     (その三)秋の散歩〜白鳥

 

『しろくま、ホッキョクグマとエスキモー犬』


 (その二)極北での犬のブリ-ダー                                (その三)待て、シロクマを撃つな !!

 

『しろくま、ホッキョクグマが歩く町、チャーチルの人達』

(その九) 欧州人の到来とクリー・インディアン 

 

 

雪で、50頭のカナディアン・エスキモー犬が飢え死にする

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(C)1997-2006,Hisa.