チャーチルの夏、命輝くところ
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NEW!!10月06日03年

チャーチルの夏、そこは命が輝くところ
 こうしてチャーチルでオオカミに出会った
(5

(その五)いた!!オオカミが睨む。

7日目、

朝5時、ほとんど一回の目覚まし時計の音で目が覚める。なぜか早く起きる理由を、体中が知っているようだ。今日こそ、オオカミの写真を撮るのだ。

宿の人たちに迷惑をかけないように、抜きし差し足で、15キロ近い撮影機材を運び出す。それに黒い色をしたパーカーを着て。

いままでは赤いパーカーに白の帽子と目立ったが、黒一色に変身した。少しでもオオカミに刺激をさせてはならない、それにトラックも黒色、何もかも真っ黒だ。これもオオカミを、見たさゆえの気休めか。

快晴とは言えないが、撮影には十分な光だろう。誰がオオカミがいると確信しているわけではないが、一方的に自分で決め付けて、期待を膨らめている。その期待は、トラックの運転速度までも早めている。

ブライアンが犬を飼っているゲートの前で、カメラボディ三台にレンズをつけて撮影の準備をする。


80万坪という広大な土地は、永久凍土地帯なのでどこまでも真平らだ。その周りを、緑の絨毯が包んでいる。よく見れば赤や黄色の花が、短い夏に色を添えている。カナダガンの家族が、子育てで大忙しだ。10羽以上の雛を引き連れているのもいる。なかには、犬のそばまできて、近くの湖沼で泳いでいる。秋、南に帰るまでには、まだ時間が十分ある。  

     *
ゲートから、人の気配が全くない中を300メートルほど進む。100頭もの犬達が朝の柔らかい日差しを浴びている。今朝は風も静かで、ハドソン湾は青く横たわっている。牙をむいて、全てを拒絶しようとする冬とは大違いだ。

その時、見慣れない生き物が目に入った。目を凝らしてもう一度注意深くみた。はっと我に返る。

"いた!!大きい!オオカミだ"ついに現れた。少し頭を下げるようにして、ゆったりとした足取りで緑に覆われた永久凍土の上を歩いている。明らかにカナディアンエスキモー犬とは大きさが違う。脚が、細くて長い。オオカミと対峙しながら、野生の大地に身を置いている実感がこみ上げてくる。

人生の多くを東京など大都市に関わっていたことなど、すっかり忘れ去ってしまった。すでに遠い昔の物語のようだ。この場所と比べるなら、都会とは狂気というほど違う。

距離は100メートルくらいか。距離は問題ない、何でもかんでも写真を撮っておこう。この一枚が、最後になってしまうかもしれない。無駄になっても写真をとるのだ。これは保険みたいなものだ。オオカミがこちらを見ている。無理はしない。歯が見える。400ミリF2.8の視界にくっきりと浮かぶ。

オオカミは、時々立ち止まりながらこちらを観察しているようだ。耳がよいから、トラックがここに到着したときから知っていただろう。軽やかな歩調で歩くが、長い脚なのでまるで走るようだ。8キロから10キロの早さだろう。犬の歩き方とは違う、前足の跡に後ろ足がすぐにたどっている。

長い脚、これなら彼らの広大なテリトリーを毎日50〜100キロくらいの距離を歩き回れるのは平気だろう。一生の3分の一は歩き回っているというのも信じられる。足首が細いためか、足の裏がより大きくみえる。

横幅こそ狭いが、15センチほどの細長い足で歩いたら、雪原に大きな足跡が着くだろう。前に来たとき、オオカミがいたとは知りもしなかった。北極ウサギや北極キツネの足跡にまじってオオカミの足跡もきっとあったのだろう。

あのオオカミは、何を考えているのだろう。犬を殺して食べようとしているのだろうか。あわてて犬たちの安全を確認する。大丈夫そうだが、ほとんどの犬の耳はオオカミの方を向いている。警戒して立ち上がりながらオオカミを見つめているのもいる。

オオカミの移動にあわせて、少しだけ車の向きを変える。

オオカミの尾は水平に伸びている。たぶん、オオカミが自分の存在をこちらに示そうとしているのだろう。すぐに逃げ去る様子はない。"Hisa! お前が居るのはわかっているが、友達ではないぞ"と威嚇の姿だ。そのためか耳も後ろに伏せたり立てたりている

”よかった車の中で。安全だ"とほっとする。

”しまった。双眼鏡を持っていない!"オオカミは体中の筋肉を使って、自分の意志を表現すると言う。双眼鏡があれば、顔の様子など、もっと観察できたのに。

距離はあるがはっきりと視線があう。鋭い目つきだ、睨み付けているのだろう。

”お前なんかには興味はないぞ”とこちらは目をそらし、トラックの窓から顔を遠ざける。なんとか興味がないふりをして、出来れば仲良くしたいのだと合図を送る。

トラックのエンジンを止める。距離はあっても、オオカミが逃げ出さなければ十分観察は出来る。何十枚か写真も撮れたせいだろうか、気持ちに余裕が生まれる。

いろいろなことが見えてくる。でもオオカミが悪の代名詞であると言うことは、どこかへ飛んでいってしまった。”そうだオオカミに名前をつけよう。永久凍土(ツンドラ)、で見つけたから、"ツンドラ"と言う名前に決めよう”

"う〜ん。ツンドラはメスなのかオスなのか!メスだとオスより警戒心が少ないと聞いたことがある。ほんとうだろうか。観察には滅多にない機会だ。”。何日もオオカミに会うため待っていたのだ。ありのままの姿を捉えたい。祈りにも近い思いがちらつく。

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(C)1997-2006,Hisa.