チャーチルの夏、命輝くところ
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チャーチルの夏、そこは命が輝くところ                極北では、尺度が違う

 (その三)マルハナバチの襲撃


チャーチル(N58°)は、北極圏の外側に位置する。だが気候上は、明らかにツンドラ特有だから極北であることには変わらない。

"忘れてはいけないぞ。チャーチルは風が強いから、体感温度は北極点より低いんだぞ。冬、道に迷うと確実に死ねる"と、チャーチルの住人達は忠告してくれる。いや冬だけではない、真夏を除けばいつでも死ねそうだ。

何度もこのような極北へ来ていると、寒さだけが驚きではない。ここに生きるもの全てが、"時間、数などあらゆる尺度"の違いも桁外れだ。
日本人である私にとって、想像を絶することばかりだ。その度に、驚いたり、とまどったりする。それは、未知との遭遇でもあるから、感動の度合いも違う。

   *

違いは、飛行機の経由地であるウイニペッグから始まる。航空会社の人達を除けば、スーツ姿の男性もスカートやハイヒール姿の女性も、見かけることはない。そのためネクタイして歩く人は、振り返って見たくなる。

空港でもチャーチル行の人達となると、ジーズ、運動靴か、重そうなブーツとなる。男性のほとんどは野球帽をかぶっている。旅行者の白人を除けば、エスキモーなど先住民ばかりとなる。

鞄など持っている人は珍しく、軍人が移動のとき使う、大きな布製の袋が主流である。それにハンティングの季節になると銃が入ったケースが何個も見られるから、日本人にとってはギクリとする。それも一人で2〜3個もって乗ってくる。

飛行機でウイニペッグを飛び立つや、目に入る物は、まっすぐ伸びている道路を除けば、人工物は見かけられない。窓から時間をかけて道路を眺めていても、車が走っている様子もない。

森林帯を越せば、視界の端まで永久凍土が続く。何万ともいえる湖沼群や縦横に流れている川が太陽の光を乱射している。名が付けられている川や湖沼はいくつあるだろう。人がすんでいないのだから、いちいち名をつけても意味がない。

ここチャーチルは、北へ南へと命の通り道のようだ。宇宙からのメッセージを、地球がキャッチし、刻々と変化を起こしているのだと、感じる。

また、極北から発した鼓動は、もう一つの極、南極と行き交う。何らかのシステムが地球全体に駆けめぐっているに違いない。それは写真で切り取ることができるのだろうか。


                   

大自然の循環が、シロクマの移動をも促す。秋になると、シロクマたちが、ハドソン湾に氷が張るのをめがけてやってくる。まるで宇宙からのメッセージを携えて現れるように。

いつのまにか、今日は満月だな。次の満月はいつかなと、自然の営みに体を会わせようとしている。

ここには、氷結した大地と肌を切り裂く烈風だけしかないと思われるが、緑燃える夏だってある。その頃には、シロクマは森へ帰る。まるで季節の郵便配達人のように。

その夏の郵便配達人が運んでくるのは、猛烈な蚊だ。マルハバチも驚異だ。まだまだある。

     *

暖かな日、一人でトラックに乗って写真撮影をしていたら、数十匹のマルハバチが飛んできた。あまり近くを飛ぶハチと数に、不安となり、50−60キロにスピードをあげて逃げ出してみた。

しかしハチは数を増やして追いかけてくるので、窓も閉めて対応する。いやはや鳥の襲撃の次は、ハチだ。数百匹、もっとかも知れない。車のバックミラーを見ると、車が起こす砂塵と追いかけてくるハチの区別がつかない。

スピードを落とすと、窓ガラスにいっぱいハチが群がる。体中の毛が総立ちするように、恐怖が走る。

町に帰ってから、ブライアンに"怖かった!俺はハチに襲われたかと思ったよ"と胸の動悸が収まらないのを感じながら言う。すると彼は何気ない顔つきで、"トラックが暖かいので、ハチが暖をとろうとしたんだよ。マルハバチは、短い夏の間だけ、草木の蜜を飲むだけで人間に危害は加えないから心配ないよ”という。

ブライアンの話は続く。”Hisaは知らないかも知れないが、マルハナバチはな、どんなハチより働きものなんだぞ。花の蜜や花粉を集めることでは、世界一だぞ。普通のミツバチの何十倍も蜜を集めるんだ。それはな、寒いところでは蜜を集める時間が少ないからだよ。このハチが飛ぶとな。温度は5度以上になったぞと言う知らせなんだ。日本でもこのハチの特性を利用して農業してないか?”

"Hisa、ところでな。大きな黒いハエを見たか?”と言う。"ハエは気がつかなかったな〜"と答える。

"車に乗れ!!"と言って、さっそくハエ観察だ。

車を降りたのは、町から少し走ったところで、何度も見かけた場所だ。車を止めた近くに、大きな黒岩があちらこちらにある。その周りには、低い茎の草木の緑が映える。極北の短い夏だ。目を見張るようなピンク、黄色、白や赤色の花で埋め尽くされ、短い夏の盛りを告げている。

岩の日があたる部分に、大きくてウシアブのようなハエが何十匹もへばりついている。日があたるため暖を取っているのだ。

"Hisa! おやつの時間だ""エッ!!"

ブライアンは、岩にへばりついている大きなハエをつかみ、羽をむしり取ってハエのお腹の部分を口に放り込む。"Hisa。お前も食べてみろ。甘くてうまいぞ"

日本で、生の蜂の子を食べたことがある。少し気持ち悪いが、食べてみれば甘く、味もまあまあだったのを思い出す。

これは先住民の子供達のおやつだそうだ。今でこそ甘いお菓子は簡単に手に入るが、少しまえまでは、自然界にあるものしか口にすることはできなかった。ブライアンも子供の頃にはハエをよく食べたようだ。彼は先住民ではなく、白人なのに、何でも詳しい。

8月の終わり頃には、夏から一気に雪が降ることがある、その時は、マルハバチも凍りついてしまう。その頃は、短い夏の終わりとなる。  (続く)

 

しろくまとの話

(3)まっしぐら

 

 

 

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